ベトナムで実感する「スジ」と「量」:文化理解を活かす組織マネジメント
ベトナムで働く日本人マネージャーの皆さんから、
よく下記のようなお悩みをいただきます。
・個人の能力はあるが、全体利益で物事が考えられない
・自分たちに不利益となる施策に対してポジティブに進めない
・策は近視眼的・ジャストアイデアで本来の目的を深く考えない
・お尻を叩き続けないと走らない
これらの課題をうまく整理したいと考えていた時に、
ベトナムで研修事業を展開しているGoenの川村さんがある本をおすすめしてくれました。
『スッキリ中国論 スジの日本、量の中国』
私も仕事柄たくさんの組織マネジメント系の本を読むのですが、
これは個人的には数年に1度の良書でした。
今回は、田中信彦氏の著書『スッキリ中国論 スジの日本、量の中国』で示された
日本人と中国人の思考様式の違いを手がかりに、ベトナムの職場文化を考察します。
日本人が「スジ(筋道)」を重んじ、中国人が「量(ボリューム)」を重視するという視点は、ベトナムの現場でも示唆的です。
本記事では、こうした違いを概説し、ベトナムの職場文化と照らし合わせて考察することで、現地マネジメントのヒントを探ります。
『スジの日本、量の中国』の要旨──文化的判断基準の違い
本書で語られる核心は、日本人が「スジ」、すなわち論理的整合性やルール、理想の筋道を重視する一方、
中国人は「量」、すなわち実利や成果の大きさ、目に見えるボリュームを判断基準とするという点です。
本書の中ではこのような事例が紹介されています。
スジの日本人
・まだ現実に発生していないことでも頭の中で「本来あるべき姿」を描く習性がある
量の中国人
・小銭を返さない中国人は、何を考えているのか?
・列に割り込む中国人は、怒られたらどうするか?
・中国人は「先払い」、日本人は「後払い」
この結果、日本社会では「何が正しいか」「どうあるべきか」という問いに対して、誰が答えても似たような結論が導かれます。
たとえば「通路で立ち話をするのは良くない」という判断は、時間や場所を問わず、ほぼ全ての日本人にとって共通認識です。
判断基準が揃っているからこそ、社会が秩序立って機能するのです。
しかし中国人にとっては、歩くスペースが空いているなら問題ないでしょう?という感覚です。
さらに日本人は、目の前に問題が起きていなくても「本来あるべき姿」を脳内に描き、先回りして対策を講じようとします。
これが「スジから入る」という行動原理です。
一方、中国では「どの程度か」「どれだけ迷惑か」といった量的要素が基準になります。
通路の真ん中に人がいても、他人が通れるスペースがあれば問題視されません。ルールや形式ではなく、実際の影響度で判断するのです。
ベトナムの職場文化に見る「スジ」と「量」
では、この「スジ」と「量」の視点はベトナムでも当てはまるでしょうか。
多くの日本人駐在者が感じるのは、ベトナム人は日本人ほど形式や規則に厳格でなく、状況に応じて柔軟かつ現実的に対処するということです。
たとえばビジネスの場で、日本企業が契約書や議事録など書面を重視するのに対し、
ベトナムでは契約書の細部より信頼関係が重視され、初対面で契約条件を詰めようとすると相手に警戒されます。
そのため、初回のMTGはほぼ中身がない時間とも思えてきます。ただ相手側にとっては重要な時間なのです。
仕事の進め方でも「プロセス」より「成果」が重視される傾向があります。
日本では進捗の逐一報告(報・連・相)が当たり前ですが、ベトナムでは結果が出れば良いと考え、途中経過を詳しく報告しません。
そのため日本側は「相談なく進める」「経過が見えない」と不安に感じ、ベトナム側は「結果で示しているだけ」と捉えるなど、認識の差が生じます。
「仕組み化」への抵抗と自己評価の問題
この「量」の文化は、組織マネジメントにおいても影響を及ぼします。
中国で「仕組み化」が進みにくいと田中氏が指摘する背景には、「成果が出たのは仕組みのおかげ」とされることへの抵抗感があります。
「自分の力が発揮されたからこそ成果が出た」と感じられなければ、モチベーションが続かないのです。
ベトナムでも、「与えられた仕組みでうまくいった」と評価されるより、「自分の工夫で成功した」と感じたいという心理は少なくありません。
日本的な標準化や改善プロセスをそのまま適用しようとすると、「型にはめられている」と感じられ、反発や倦怠感を生むこともあります。
加えて、儒教的価値観の影響も無視できません。
中国やベトナムに共通する「自己修養」の文化では、「立派な人間であろうとすること」が重視されます。
ただし、その評価はあくまで自己完結的です。
つまり「自分なりに努力した」と思えればよく、他者からの客観的な評価や数値目標との整合性が重視されにくい傾向もあるのです。
ベトナム人マネジメントでの具体的留意点
こうした文化的背景を踏まえ、ベトナム人チームをマネジメントする際に意識したいポイントは以下の通りです。
1. 結果重視の姿勢を理解しつつ、プロセスを可視化する
結果だけで評価されがちな文化に対して、プロセスの重要性を押しつけるのではなく、プロセスを「見える成果」として設計する必要があります。
中間報告を「評価のため」でなく「成果共有の場」と位置づけると受け入れられやすくなります。
2. モチベーションは「存在価値の可視化」から生まれる
仕組みや制度よりも、「自分が重要な役割を担っている」「自分の判断が尊重されている」と感じられる環境づくりがモチベーションにつながります。
指示型ではなく、裁量を渡すことで「成果=自分の手柄」と認識してもらう設計が重要です。
3. 自己評価と他者評価のギャップを埋める
ベトナム人は自分の努力を重視しますが、それが組織や上司の期待と必ずしも一致しない場合があります。
したがって、定期的な1on1やフィードバック面談を通じて、期待値と自己評価をすり合わせる機会を設けると効果的です。
4. 「本来あるべき姿」は共有しないと伝わらない
日本人は前提として「察する」文化を持っていますが、ベトナムではそれは期待できません。
「こうあるべき」という姿は、明文化し、ビジュアルでも共有することが必要です。
「本来あるべき姿」こそが、日本的マネジメントの強みであり、それを共有する努力こそが現地化の第一歩です。
おわりに
田中信彦氏が描いた「スジの日本、量の中国」という文化的視点は、ベトナムでのマネジメントにおいても非常に応用可能です。
日本的な秩序や手順重視の発想は、必ずしも現地スタッフに自然に理解されるとは限りません。
しかし、相手の行動原理や文化的背景を理解し、仕組みの形を変えて伝えることで、日本流の良さを現地に根付かせることは十分可能です。
異文化の違いを単なる課題としてではなく、共通の成功基盤に転換する。それこそが、ベトナムで成果を出すマネジメントの真髄ではないでしょうか。